Amy C. Edmondson 'The Fearless Organization'

日本語では英治出版より『恐れのない組織』というタイトルで翻訳が出ている書籍。いわゆる心理的安全性 psychological safetyという概念について、成功例・失敗例を織り交ぜながらその輪郭を捉えようとしている。研究ベースの本だが、一般書籍の文脈にもちゃんと落とし込もうとしていて読みやすい。

著者によると、‘psychological safety is neither about being nice, a personality factor, just another word for trust, nor about lowering performance standards’. それは’speak up’である。この本の中では、心理的安全性の対極に置かれているのは沈黙である。
speak upと沈黙を対比した表が面白かった。

typewho benefitswhen benefit occurscertainty of benefit
voiceThe organization and/or its customersafter some delaylow
silenceoneselfimmediatelyhigh

声をあげても自分にリターンがあるとは限らず、その効果が出るのは少し後で、しかも効果があるかどうかさえわからない。一方沈黙していれば、少なくとも自分の身は即座に守れる。というわけで、行動経済学的に考えれば黙っているほうが自然、ということになる。
しかし沈黙はVUCA(volatility, uncertainty, complexity and ambiguity) worldでは問題を生み、大きくしていく。本の中ではVWのディーゼルエンジン不正やNokiaの失墜などが紹介されているが、少し考えただけでもこの手の話は枚挙に暇がない。閉鎖性、支配的な上限関係から生まれる問題、と一般化してみると、あの企業も、あの事務所も、といったように今年は「沈黙がもたらす災害」が晒され始めた年だったとさえ思える。
放っておけば沈黙に流れてしまう組織・チームにどうspeak upをもたらすか、この本では3要素が紹介されている。

  • setting the stage
    • 「失敗」や「上司の役割」を再定義し、声を上げることの重要性を共有する
  • inviting participation
    • ‘asking’が重要である。askingを効果的にするためには、聞く側が答えを知らないことを認め、オープンクエスチョンを心がけ、考えを共有しやすいような言葉選びをする。
  • responding producively
    • bad processがgood outcomeになるような場所を作る。失敗を隠すのではなく、共有して活かす。ポストモーテムのようなものか。

バズワードである心理的安全性が、沈黙と対比されることでクリアに分析された良書だった。

1点だけ、気になったのは、「上司と部下」という緊張関係がやや強調されすぎていたことで、沈黙が発生しやすい関係の最たるものではあるので理解はできるのだが、日本ではもうひとつ、「周りの目」a.k.a.「世間」をどこかで意識することが沈黙につながりやすいように思っている。
同時期に読んでいた伊賀泰代『採用基準』では、リーダーシップの重要性がこれでもかというくらい述べられていたが、たとえば町内会の集まりで余ったお菓子を「誰か持ち帰りませんか? お子さんがいる方、ぜひ持っていってください」と’speak up’するようなことも立派なリーダーシップであるという。でもこういうことをする人はとても少ない(ので、「リーダーシップの容量を増やすことが日本にとっての急務」だと伊賀は書いている)。なぜ声をあげないか。別に町内会にボスがいるわけではない(ボス的な存在、というのはいるかもしれないが、それは「上司」ではない)。何が気になるかと言うと「周りの目」なのだ。それを乗り越えて、「この課題は自分が解決する」と思えるようになるには何が必要か。
これには「性格」と「オーナーシップ」の2つが必要ではないかと自分は今感じている。性格というのはそのまま、その個人の行動特性のことで、オーナーシップというのは、伊賀の言う「リーダーシップ」を現代の言葉にわかりやすく置き換えたもの、と認識している。この組織の/チームの問題を解決するのは自分自身である、という感覚は、性格もさることながら、「なぜならこのプロジェクトのオーナーは自分だから」という当事者意識というか、自分ごと感がないとどうしても得られないのではないか。
ではこの「自分ごと感」を得るにはどうしたらよいか…という話が、おそらく’The Fearless Organization’とつながっていくのではないか、というように思うのだが、このあたりはまだ自分の中でも整理できていない。ともあれ、合わせて読むと大変面白い2冊だった。